最初が肝心

私の専門の「広報」。一般には、企業や組織が人々の関心を喚起したり、良いイメージを持ってもらうための情報発信をする活動と思われています。ある意味、その通りなのですが、全くその通りということではありません。
この言葉の元になった英語は「Public Relations」。簡単に言えば、周りの人々との関係づくりといったことになるのでしょうか。関係にもいい関係と悪い関係がありますが、もちろん、いい関係づくりということです。

自分の都合の良い情報を一方的に発信し、都合の悪い情報を包み隠すというのでは、決して良い関係をつくることはできません。企業や組織がいつも順風満帆であれば何も問題はありませんが、製品に欠陥があったり、事故を起こしたり、不祥事が発覚したりと、時には大きな課題にぶつかることもあるでしょう。そういった場合、それらの出来事を大きくならないうちに乗り切る、できれば「禍(わざわい)を転じて福となす」のように、その対応の仕方によって、以前より良いイメージを持ってもらうことができるように努めることが広報の神髄です。
こういった危機管理も広報の範疇で、これまで企業や組織で起こった問題を上手く解決し、人々の信頼を得た事例はいくつもありますが、それらに共通している点は、初期の段階で、都合の悪いことも恐れず包み隠さず公表をしているということです。
最近、政治、行政、企業、学校などでさまざまな問題が起き、日本中を巻き込むほどの大きな出来事になってしまう事例が相次いでいますが、いずれも問題が発覚した直後の対応が遅れたり、事実を隠したり、嘘をついたり、初期対応を誤ったための結果のように思えます。
最初にごまかしたり嘘をついたりすれば、それを正当化するために嘘を重ねなければいけなくなります。嘘を重ねれば、遅かれ早かれ矛盾が生まれ、その嘘が発覚し、信頼を失います。
もちろん問題が起きないようにすることが第一ですが、問題が起きた時にきちんと対応できるように常に考えすぐに対応できるようにしておくことが大事だと思います。嘘をついたり言い訳をしたりするのでなく、相手や周囲(世間)の人々の立場に立って潔く事実を発表すること、それこそが自らの身を守り、組織を守ることになるのです。
『広辞苑』で「しょうじきの頭(こうべ)に神(かみ)宿(やど)る」という言葉を見つけました。「正直な人には必ず神様の助けがある」という意味だそうです。心したいものです。

 nf528主宰 二神 典子

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